原爆を運んだ艦を撃沈した話

ローレライ』は、広島、長崎に続く第3の原爆を輸送する船を撃沈する、日本の潜水艦の話……らしい。だが実際には第3の原爆の計画はなかった。アメリカは、ニューメキシコの実験用核爆弾"ガジェット"、そして広島の"リトルボーイ"、長崎の"ファットマン"で保有する核物質を使い果たし、新しい核爆弾を作るのに数週間が必要だったからだ。

だが、「原爆を運んだ艦を撃沈した潜水艦」は実在した。

アメリカ本土より、リトルボーイに搭載されるウラン235を運び、1945年7月26日にテニアン島に到着してこれを搬出した後、レイテ島沖の艦隊集結地に向けて(日本本土侵攻の準備のため)7月28日に出港し、単艦で航海していた重巡洋艦“インディアナポリス”。この艦を日本の潜水艦“伊-58”が7月29日深夜に撃沈した。

Microsoft Encarta 総合大百科(amazon.co.jp)の地図を見ると、インディアナポリスの沈没場所が記されている。

インディアナポリス沈没場所

Encartaの地図では軍艦の沈没場所は他の軍艦、例えば"ビスマルク"だろうと"大和"だろうと"ワスプ"だろうと他には記されていない。他に沈没船の場所が記されているのはタイタニックくらいであり、アメリカにとっていかに衝撃が大きかったかを示している。
何が衝撃だったかというと、別に「原爆を運んだ船」が撃沈されたからではない。この艦は撃沈されてから海軍がそのことに気がつくまで4日もかかった。乗員1196人中、沈没する前に海に飛び込んだのは800名以上と考えられているが、発見が遅れた結果、彼らの多くは鮫に食われたり、脱水症状でやられたり、幻覚の島に向かって泳ぎ出したりして海に消えた。最終的な生存者は316人に過ぎず、現在でも「アメリカ海軍最悪の海難事故」として記憶されている。このことは巡洋艦インディアナポリス撃沈という本に詳しい。

インディアナポリスを撃沈した“伊-58”の艦長は橋本以行もちつら中佐(終戦直前に大佐に昇進)。彼はこの艦が原爆を輸送していたということは、もちろん終戦まで知らなかったが、もし彼がインディアナポリスをもっと早く撃沈していれば、それこそ歴史は変わっただろう(もっとも実際には、日本の潜水艦の哨戒ラインの関係で、原爆輸送中の撃沈はきわめて困難だっただろうが)。

ところで橋本艦長本人が書いた手記もある。日米潜水艦戦―第三の原爆搭載艦撃沈艦長の遺稿という本だ。ところがこの本、amazonの紹介文だと、

広島、長崎に続き日本本土のいずこかの大都市へ投下されるべき第三の"原爆"を搭載する米重巡インディアナポリス号を撃沈して世界を驚倒させた橋本艦長が(中略)赤裸々にえがいた感動の書き下ろしノンフィクション戦記。

原爆を搭載した艦を沈めたことになってるよ! 私自身はこの本を読んだことはないが、恐らくこの紹介文は、この本の要約しか見ていない人間が、勝手に話を拡大解釈してこの紹介文を書いたようだが。あれ? でも本のタイトルも「第三の原爆搭載艦撃沈艦長」となってるぞ?(伊58潜帰投せりという本の紹介は普通

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