前回に引き続き、特別連載企画の第4回。BDの技術的な話が一通り終わったところで、私は以前から疑問に思っていたアニメBD/DVDのマーケティングについての話などを次々と杉山氏にぶつけてみた。もちろん杉山氏はバンダイビジュアルという一つの会社のプロデューサーであってアニメ業界を代表する立場にいる方ではないが、今後のアニメパッケージの動向が見えてくる面白い話が聞けたと思う。
そもそも、なんで『攻殻S.A.C.』をまたBDで出したのか?
正直なところ、『攻殻S.A.C.』TVシリーズがBDで出るという話を聞いたとき「勘弁してくれ!」と思った人がいると思う(私もそうだった)。「DVD版を持っている人間は、BDに買い換えるほどの価値があるのか?」「『攻殻S.A.C.』では『TRILOGY-BOX』というBDが既に出ているのに、更にTVシリーズもBDで揃えるべきか?」という疑問がよぎったことだろう(私もそうだった)。
だが杉山氏によると、元々『攻殻S.A.C.』TVシリーズのBD化要望は非常に強かったという。『TRILOGY-BOX』に収録されている『The Laughing Man』『Individual Eleven』はあくまで総集編。「シリーズ全話分を買うほどの金は出せないけど、『攻殻』のDVDソフトが欲しい」という人向けのパッケージで、TVシリーズとは別のコンテンツだった(参考 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX The Laughing Man』について)。
それに『攻殻S.A.C.』はHD制作だったため、マスタークオリティを再現したBDでTVシリーズを供給したいという意向は、『TRILOGY-BOX』企画当時からあったという。ただその時は『攻殻』DVD-BOX発売から間がなかったため(『攻殻S.A.C.』DVD-BOX発売日は2007年7月27日、『攻殻TRILOGY-BOX』BD発売日は2008年7月25日)、日を開けて2009年後半の発売になったということである。
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©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会
やはりファンにとっては一番気になるのが解像度。そこで特に差が出そうな、電脳のごちゃごちゃした画面をDVDおよびBDのマスターからキャプチャーして頂いた画像を掲載。全体画面では、BDのHDサイズを(さすがに大きすぎるので)1/2に縮小し、DVDのSDサイズ画面を同じサイズに拡大している。BDだとノイズが減っているほか、小さな部分までよりクリアに見えるのがわかる。
何度もパッケージを変えて同じ作品を出して良いのか?
『攻殻S.A.C.』の場合、まず単巻のDVDシリーズが出て(2002年12月~2005年5月)、総集編『The Laughing Man』『Individual Eleven』DVDが出て(2005年9月、2006年1月)、TVシリーズDVD-BOXが出て(2007年7~8月)、総集編BDの『TRILOGY-BOX』が出て(2008年7月)、そして今回TVシリーズのBD-BOXが出ることになった(また『EMOTION the Best』として『The Laughing Man』『Individual Eleven』『Solid State Society』DVDが2009年10月発売)。
だが私は、このように何度もパッケージを変えて同じ作品を出すのは「どうせ後からBOXが出て新規特典とかがつくから、そっちを買った方がいいんじゃないの?」と視聴者に思わせ、買い控えを発生させる恐れがあるのではないかという懸念を抱いていた(参考 アニメDVDのBOX売りはメーカーにとって諸刃の剣か)。
杉山氏もその点は気にかけているようで「短期間に次々とリリースするとよくないということはわかっていますし、私たち(バンダイビジュアル)としては、お客様にあまりデメリットがないように考えてリリースしているつもりです」という。
すぐにパッケージが欲しいという人のために、放送後に単品での販売を行うが、その後にBOXを出すとしても、基本的にBOXは廉価版。BOXだけにしかない新規特典をつけるケースもあるが、それは「3~4年前にバラでDVDを買って下さった方はすでに十分作品をお楽しみいただいたでしょうから、その分後から作品を楽しまれる方に対するサービスとして」の新規特典であり、「あとは(どれを買うか買わないかは)お客様の選択にお任せするという形になりますけど、商品のクオリティには常に気をつけています」という話である。
それでも少なくとも「単品DVD/BDに、TVアニメ1話分とか2話分しか入れないのは、容量の無駄だし収納場所も取るからやめてくれ」と思っているユーザーは多いだろう。これについては、売上本数を稼ぎたいというわけではなく、リリース速度を維持したいと考えての場合もあるだろうと杉山氏は言っていた。
「DVD+BDのパッケージは?」
ところでバンダイビジュアルのBDというと、最初期のタイトルはDVDとBD(もしくはHD DVD)で、同じコンテンツの作品がセットになって販売されていた。
だがこれは、amazonのレビューなどをみればすぐわかるが「いらんDVDをセットにして値段をつり上げるな」などときわめて不評だった。そのため「お客様の声を真摯に受け止めて、(この販売方法を)見直しました(苦笑)」(杉山氏)とのことである。バンダイビジュアルとしては「BD(HD DVD)ソフトは欲しいけれど、現在BD(HD DVD)プレイヤーを持っていないという方が、とりあえずDVDで楽しむことができますように」ということを考えてのことだったそうだが、BD単品で出す場合と同じ値段にすることはさすがに無理だったため、先の悪評に繋がってしまった。
ちなみに、BDプレイヤーで再生したらBDとして、DVDプレイヤーで再生したらDVDとして再生できるディスクの技術は既に開発されている。
日本ビクター、Blu-rayとDVD2層が再生できる3層構造ROMディスクを開発 | 家電 | マイコミジャーナル
そのため消費者としては、SACD/CDハイブリッドディスクのように、上記の技術を使ったBD/DVDハイブリッドディスクでソフトが出てくれればありがたい(もちろん単品のBD/DVDと変わらない値段で、ならば)。
杉山氏はこの技術については知らなかったそうだが、将来BD/DVDハイブリッドで映像ソフトが発売される可能性については否定的だった。「それで物理的に1本のソフトを作っても、BD分とDVD分で各種権利の処理に2本分の金額を払わないとならないですし……」とのこと。それに恐らく、プレスのコストもBD/DVDハイブリッドディスクのほうが高くつくだろう。
HD制作と地デジの普及がTVアニメに与える影響は?
現在アニメ制作会社側は、HD制作がかなり一般的になってきた(HD制作はコストがかかるため、何でもHDで作っているわけではないが)。だがHDで制作したソフトを必ずBDで出せるかというと、DVDに比べるとBDはまだまだエンコードやらプレスやらでコストがかかるため「売れると見込みのある作品でないと、BDでは発売は難しい」そうである。ただ、今後よりBDが普及すれば各種コストも下がってくだろうし、そうすると以前はBDとして出せなかったようなタイトルも発売できることになるだろう。
一方で、地デジなどの普及で番組が高画質配信されるようになったことにより、DVD/BDが売れなくなるのではないかという可能性を私は以前考えた。実際にそのような感触を受けたことがあるかどうか杉山氏に聞いてみたところ、まだわからないとのこと。そして「やはりパッケージで欲しいとか、解説書や特典付きのものがほしいというお客様は確実にいらっしゃいますから、『パッケージを欲しい』と思ってもらえる商品を作るよう頑張るしかないと思います」という話である。
また杉山氏としては「地デジによりチャンネルが増えることで、作品に触れる機会が増える」ことに期待しているという。よく「見られるTVアニメの本数は、関東U局系を放送している地域としていない地域、TV東京系を放送している地域としていない地域でまるで違う」と言われる。だが地デジは1チャンネルあたりの帯域で、3チャンネル分の番組をSD画質で同時に放送する「マルチ編成」が可能だ。そのためマルチ編成が普及すれば、より多くの地域でいろんなアニメが放送されるかもしれない。シカシ現在マルチ編成を行っているTV局はごくわずか。地デジの完全移行が実現したとして、どれだけマルチ編成による放送番組数が増えるかは微妙なところもある。マルチ編成については、少々古いが下記の記事が参考になる。
小寺信良:5年後、放送には何が求められるのか- ITmedia +D LifeStyle
TVアニメで5.1chは普及するのか?
HD制作は増えてきたが、一方でTVアニメでの5.1ch音声はほとんど普及していないように思える。この点について私は「アニメファンは画質に比べて音質にはそれほど興味がないため、メーカーとしては5.1chは売りにならないと考えているからでは」などと想像していた。だが杉山氏は「アニメファンが音にこだわりがないかというかというと、そうではない気がします。やはり5.1ch以上の音声がついていた方が喜ばれます」という(もちろん、ないよりはあったほうがいいだろう)。また音響制作現場としては、5.1chはもう特別な技術ではないそうだ。ただ5.1chにすると余計に予算がかかるという点と「5.1chにして意味のある作品かどうか」ということかで、今後5.1chのアニメがどれだけ誕生するかが決められていくのではないか、という。
長々と続いてきたこの特別企画だが、次回「さらに続くアニメBD/DVDマーケティングの話 なぜか『true tears』の話まで」で最終回。
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