『青の6号』BD化の技術を取材してきた その3 痛戦闘機のどうでもいい話から「SDデジタルアニメの福音」の話まで

『青の6号』BD化の技術を取材してきた その2 前田真宏監督インタビューからの続き。

“高画質HDリマスタリング”とは

その後私は『青6』で使用されたアップコンバート技術について、キュー・テックの技術者である岡田和憲氏に詳しい説明を伺った。といっても私の知識でどこまでAV技術を理解できるかという問題もあるし、そもそも企業秘密になっているため説明してもらうことができない部分もあったのだが、素人かつ1アニメ視聴者の視点から質問をぶつけてみた。

従来行われていた、デジタルSDアニメをHDにアップコンバートする作業だが、まずアップコンバータという機械にかけ、その後機械で処理できないエラーを手作業で修正していた。だが今回『青6』より採用された方式では、まず技術者が画像を診断し、「どのような画像を必要としているか」に応じて、いくつかあるアップコンバート処理のうちどれを行うか、どのようなパラメータを設定するかを決めているのだという。これをキュー・テック社では“高画質HDリマスタリング”と呼称している。

これだけ聞くと“高画質HDリマスタリング”は、従来のようにすべて機械任せにするよりも時間と手間がかかりそうに思える。だが実際には従来の方式では、機械で処理したあと修正してまた処理して……というトライ&エラーを繰り返していた。だが“高画質HDリマスタリング”はその回数が減ったため、以前より時間的にかなり短縮され、同時にコストも削減できたという。さらに「この作品ではシャープなエッジが欲しい」とか「色を綺麗に出したい」などと内容に合わせて調整を行っている。そのため、作品に合わせたベストな画像を作り出すことができるそうだ。また、例えばマッハバンドを直すことなどで、HD化したときの高画質に繋げられるという。このあたりのパラメータ設定等のノウハウは、これまで多くのアニメ作品のマスター制作を手がけてきたキュー・テックの技術者の経験や技術的蓄積が活きているそうだ。テクノロジーに、キュー・テックの技術者の職人技が合わさっての結果と言えるだろう。

ちなみに『青6』では、潜水艦内で非常灯のみが点灯している、画面が赤いシーンが続いている場面がある。明るさの信号に対して色信号は情報量が半分のため、こういったシーンに普通にアップコンバートをかけると色差がガタガタになって目立ち、モザイクをかけたような絵になってしまうので、そうならないよう色の境目やセルの黒い線の境目に可能な限り滲みが出ないようにする処理に苦労したとのことである。

BD時代において、SDデジタルアニメの救世主になるかもしれない技術

また杉山氏によるとこの“高画質HDリマスタリング”は「エポックなもの」であり、デジタルSDマスターの作品をアップコンバートするコストがかなり下がったため「ここ15年くらいのアーカイブが救われる」という。アニメがフィルムではなくデジタルになったのが2000年頃で、当然その頃はHD制作されていなかった。そして現在も予算の制約や取り回しの良さのため、HDではなくSDで作られているアニメがある。そういった作品の映像ソースはSDデジタルのものしか残っていないし、これらをBDで出すとなるとアップコンバートする必要がある(1枚のBDにSD画質で長時間突っ込むという選択肢もあるだろうが)。以前杉山氏が手がけたOVA『戦闘妖精雪風』も、SDデジタルのものをHDにアップコンバートしたわけだが(詳細はBDで美しく甦る『戦闘妖精雪風』の世界に詳しい)、当時はアップコンバートにかなりの時間と費用がかかってしまった。『雪風』のあと「では次にどんな作品をアップコンバートしてBDで出すか」という話になったとき、「確実に売り上げが見込めるもの」「HD化するに足るクオリティや情報量が確実にあるもの」でないとまず商品化できない。そしてたとえ人気作品であったとしても、例えば4クールの長さがある作品なら、全話にアップコンバートをかけるとまたコストが跳ね上がり、製品価格も上がってしまう。そのためBDで出せるSD作品が少なかったが、“高画質HDリマスタリング”ではかなりのコストダウンが可能となったので、従来だとBD商品化は無理と思われていたソフトも発売することができる。これはバンダイビジュアルだけではなく、「過去のSDデジタルアニメを、BDの時代にどうするのか」という、各メーカーを悩ませていた問題の答えになるだろうということだ。杉山氏はこの技術について「SD画質でマスターが制作されたここ10~15年のデジタルアニメーションを、ハイビジョン時代に残していくことが可能となる福音であると確信した」とまで語っている。

一方でバンダイビジュアルは「EMOTION the BEST」というDVDシリーズを出しており、その中には元がSDデジタルソースのアニメも含まれている。上記のことを考えると「今『EMOTION the BEST』でDVDとして出ているアニメも、そのうちBDになる可能性があるから買い控えるべきなのか?」という気がしないでもない。だがそれに関して杉山氏は「両方出ることによって、安いDVDを買うか、高品質のBDを買うかで住み分けが行われると思う。今まではその選択肢すらなかった」と話す。また「BDにするコストは、マスターがHDでも高くついてしまう。SDマスターに関して言えば、さらに尋常じゃないお金をかけないとBDにできなかったものが、安くHDにリマスタリングしてBDにできるようになった。SDのDVDがたくさん売れて『BDにしても売れるのにな。でもコストがかかるから』と諦められていたものも、BDにできる可能性が増えてきた」という。さらに「いくらHDでマスターを作っても、BDで出して売れる見込みがないものは、やはりBD化が困難な場合がある」という、もっともで切実な話もされている。

そして、「売れるアニメはどんどん売れる、売れないアニメはぜんぜん売れない。『そこそこ売れる』がなくなってきた。中には数百本しか売れなくて『同人誌のほうが数が出ている』というのもある始末」という話から、ちょうど前田監督の知人のモデラーが(爆発的に売れている)『けいおん!』にはまっていて「また買ってきたのか、お前~」と横で見ていたという話をされた。そうしたら杉山氏が『けいおん!』のキティーホーク(空母)が出るという話をされ(amazon)、「エンタープライズにE=mc2と書かれていたのを見たけど、それが今や『けいおん!』ですか!」と前田監督。さらに痛飛行機の話になり、「ハセガワから新金型で1/48 F-22が出たが、その最初のラインナップが『アイドルマスター』痛戦闘機」「実機のデカールが入ったものはそのあとに出る、『アイマス』バージョンの売り上げを見込まないと新金型が作れなかったらしい」「『俺たちのスケールモデルにこんなことしやがって』とスケールモデラーが怒っているが、むしろ『アイマス』ファンに感謝すべき。プラモが売れない時代」「そういう痛プラモはどういう人が買うのか?」「キャラのファンがキャラグッズとして買って、完成させられることのないケースが多いらしい。スケールモデルを作ったことのない人が買っても、塗装とかしたことがなく、箱を開けてパーツがグレー一色で、愕然としたとか」「今はガンプラが塗装や接着をしなくても作れるようになったし、モデルにしても塗装済み完成品が安くて質も高い」「ダイキャストはロットを少なく作れるから、変なものが出る。フェアリー・ガネット(amazon)やデファイアント(amazon)が出た。NB-52(B-52爆撃機の改造型。主翼にロケット実験機X-15をつり下げ、空中で切り離すようになっていた)も出て、X-15の垂直尾翼が当たるフラップにちゃんと切り込みが入っている。CL-415 ウォーターボマーなんてものまで出た」「ドラゴンからダイキャストで、ソユーズサターンVが出る(楽天)」「かつて高価だったモノグラムのサターンVのプラモを痛サターンにした人がいて『俺たちが買えなかったサターンのプラモになんてことを!』と怒った」「バンダイから1/144スケールのサターンV(amazon)が出ましたよね。欲しいけど自分の小遣いでは……」「次はシャトルが出るらしい。どうせならエンタープライズにしてもらって、747に乗っているところを。そして天井から吊したら重くて落ちてくることに」「それならいっそのことISSを」と、脱線話が延々と続いてしまった。是非その辺の話は、今度飲み屋あたりでじっくりとしたいものです。

『カウボーイ・ビパップ』などもBDで出るかも?

話を戻して……。

前田監督に「この技術でHDとして見られるなら、何が見たいですか?」と聞いてみたら、「さっきその話をしていたら『くもとちゅうりっぷ』と言ってしまい『それフィルム作品ですからアプコンの必要ありません』『すいません、そうですよね』というボケをかましてしまいました(笑)」という答えだった。

ところでたとえ元がフィルムの作品でも、CGパートだけベータカムで保存されているTVアニメがけっこうあり、『ガサラキ』や『カウボーイ・ビバップ』などがこれに相当するという。こういったソフトをHD化する場合、ベータカム収録のCGカットはアップコンバートが必要になるわけだが、低コストな“高画質HDリマスタリング”のお陰で、このようなアニメもBD化しやすくなったという。現在のところ、『青6』以後に“高画質HDリマスタリング”を使って何をBD化するのか具体的には決まっていないが、今後積極的に出していきたいということである。特に「『ビパップ』TVシリーズがBDで出るかもしれない」と聞いたら、期待する人は非常に多いだろう。

今回は『青6』中心の話になったが、また機会があればアニメ業界事情などについても話を伺いたいと思っている。なお『青の6号』BD-BOXは8月27日発売予定。新規特典として原作者の小澤さとる氏と、軍事評論家にして小澤さとる原理主義者を標榜される岡部いさく氏の対談、また声優の郷田ほづみ氏(速水鉄役)のインタビューが収録されるとのこと(本編オーディオメンタリーはDVDに収録されたのと同じもの)。私も最後に『青6』を見たのは随分昔で記憶があいまいになっているため、改めて高画質でじっくりと見てみたいところである。

前田真宏監督(左)と、キュー・テック社の岡田和憲氏 前田真宏監督(左)と、キュー・テック社の岡田和憲氏。