高田明美が語る「意外なきっかけで完成したクリィミーマミの髪型」
高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話
画集発売記念として、高田明美氏のインタビューです。高田明美氏は、押井守氏と同様に竜の子プロ(タツノコプロ)の求人広告を見て入社(年齢は押井氏より下ですがタツノコに入ったのは高田氏のほうが先らしい)。その後、布川ゆうじ氏、鳥海永行氏らが独立して設立したスタジオぴえろ(現ぴえろ)に移籍。同じく移籍した押井守氏が初のTVシリーズ監督(チーフディレクター)を勤めた『うる星やつら』でキャラクターデザインを務めました。しばらく後に『機動警察パトレイバー』にて再び押井氏と仕事をしています。そのため、インタビュー内にも押井氏の名前がちょくちょく出ています。
高田 (『うる星やつら』について)当時の押井(守)さんは、わりと納期と予算を守る監督だったんです、今は知りませんけれど(笑)。だからお金をかけてたっぷり動かす回と、止め絵を多くした回のメリハリをつけていたんですね。でも止め絵が多くなると、絵面を派手にするためにキャラクターデザインの負担がきつくなってくるんです。確か十二単衣が出てきた回があったと思うんですけれど、その時のゲスト登場キャラクターの発注がA4の紙3枚分あったんですよ。『(科学忍者隊)ガッチャマン2』(78~79年)なんかだとA41枚に収まるくらいで、メインの3つは天野さん担当だったのに(苦笑)。しかもギャラは1話のグロス扱いだったので、ちょっと辛かったです。
高田 (『機動警察パトレイバー』について)そもそもは、当時みんなで仲良く旅行に行ったりして遊んでいたんですよ。昼間は温泉、夜は暖炉の前でトランプの大貧民を楽しんでいたんですが、夜も長いものですから暇つぶしに「企画ごっこ」をやるのが流行ったんです。まずゆうきまさみさんが考えていたネタ帳みたいなのがあって。伊藤君がそこに第二小隊の設定を作って、私やブッちゃん(出渕氏)であれこれとラフを描いていく、みたいな。そこでだいたい形にできたところで、私の家で開いたクリスマスパーティーでプロデューサーの鵜之澤伸さんにプレゼンしたところから、すべてが始まりました。話が軌道に乗って制作に入る段階で「意外と予算と納期を守る」押井さんを呼んでヘッドギアが揃いました。
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