トールキン世界へ入るには
この文章は、まだトールキンの作品を読んだ事が無く、これから読もうと思っている人の為の物です。ホビットの冒険はともかく、指輪物語やシルマリルの物語は生半可な気持ちで読める物ではありません。挫折者が一体どれだけ居る事やら…これほどの名作を読めずに終わってしまうのは犯罪であるとすら言えます。そこで、トールキン作品を面白く正しく読む方法を書きたいと思います。 どの本から読むべきか?
トールキンの主な作品としては三つ、出版年順に並べると「ホビットの冒険」「指輪物語」「シルマリルの物語」となります。ではこの順番で読めば良いのではと思うでしょう。確かにそれが理想なのですが…。
まず、ホビットの冒険は完全に児童文学であり、翻訳もそのような感じで行われております。児童文学の文体に慣れていない人は、この作品を読んでトールキン作品を低く評価してしまう可能性があるからです。決してホビットの冒険が作品として価値が低いといっている訳ではありません。その辺の事は別項に譲りますが。
取り敢えずこの場で言いたいのは、「指輪物語を読む前に必ずしもホビットの冒険を読む必要はない」という事です。ですから児童文学に抵抗を感じたり、本屋で見付からなかったりした場合は、指輪物語から読んでも構いません。
では、シルマリルの物語を先に読んでも良いのかという問題ですが、これは自殺行為です。インドに到達しようと大西洋を西進するくらい無謀です。シルマリルの物語を読破するのは、指輪物語を読破するより更に難しいですから…。 どの版を読めば良いのか?
ホビットの冒険と指輪物語にはいろいろな版が存在します。
ホビットの冒険(ホビット ゆきて帰りし物語)
ホビットの冒険の場合、岩波書房の「ホビットの冒険」には少年少女文語版やハードカバー版など幾つかの種類がありますが、それらの差は基本的にはありませんのでどれを読んでも構いません。
また、翻訳者の違う原書房の「ホビット ゆきてかえりし物語」という版がありますが、これは各国語版ホビットの挿絵や英語版原書の版による記述の違いなどが記されていて、資料的な価値は非常に高いですが物語の翻訳としては岩波書房版とは劣ってしまいます。ですから最初は岩波書房版を読むべきです。
指輪物語
そして指輪物語ですが、これは評論社から発売されてます。まず、指輪物語には五つの版が存在しています。
種類 | 巻数 | サイズ | 追補編 | 価格(一冊) | 購入(全巻セット) |
愛蔵版(旧版) | 6巻 | A5 | 有り(一部未収録) | 1,300円 | |
文庫版(旧版) | 6巻 | 文庫 | 有り(一部未収録) | 500円 | |
カラー愛蔵版 | 3巻 | B5 | 有り | 7,800円 | amazon |
愛蔵版新版 | 7巻 | A5 | 有り | 2,200円 | amazon |
文庫版新版 | 9巻 | 文庫 | 無し | 700円 | amazon |
最初に旧版と新版の違いです。旧版では、一部の固有名詞の訳が、同じ単語でも「エレッサル」「エレサール」などと日本語表記が異なっている場合があったのですが、こういった固有名詞が統一され、更に原音(エルフ語の発音)に近付ける努力が行われています。他に一部の翻訳間違いの修正も行われておりますので、ですから旧版か新版かを選ぶ場合には、新版を選んだ方が良いでしょう…というより、今では旧版では古本屋や図書館でしか見付からないでしょうが。
次に愛蔵版、文庫版、カラー版の違いです。旧版の愛蔵版と文庫版は内容的には全く違いません。但し文庫版は、まるで愛蔵版を縮小コピーにかけたように本当にサイズが小さいだけで、1ページの文字数まで同じなのです。ですから文字が非常に小さく、読み難く思うかもしれません。文庫版新版ではその心配はないのですが、こちらは追補編が欠けております。追補編にはアルノール、ゴンドール、ローハンなどの歴史、アラゴルンとアルウェンの物語、年表、指輪の仲間のその後などが書かれております。これは直接物語には関係していないのですが、本当にトールキンの世界を味わいたいなら是非見るべきです。ここには感傷深いエピソードが収められております。また旧版の追補編は、エルフ語の表記などに関する部分が省略されてしまっております。A5判新版では追補編は一冊に分けられているため、これだけ買うという事も可能ですが、これをやると『本編何ページを参照』という註釈や索引が当てにならなくなってしまいますが(当然それぞれの版にあわせたページ番号の記述になっているので)。
カラー版には非常に美しいアラン・リーのイラストが収録されており(カラー版以外の版のイラストは、日本人の寺島氏の挿絵となっています)、手に入れるならやはりこれがベストなのですが、ご覧の通り価格が高くついております。これらの中でどれを選ぶべきかというのは難しい選択です。
シルマリルの物語
シルマリルの物語は版が一種類しかありませんので、迷う必要はありません。上下巻です。
この本は、「ホビットの冒険」や「指輪物語」の背景世界を描いた、世界創造の神話や古い伝説などが収録されており、「読み物」とは別と考えた方がよいです。
どうやって手に入れれば良いのか?
買えないとか本屋に無いとか云う人は図書館に行きましょう。大抵の図書館にはある筈です。図書館では指輪物語も児童文学に分類されていたり、英米文学に分類されていたりと扱いが違う事があるので、探す時には注意しましょう。
といっても映画化の影響で今ではどこの本屋にもありますが。
指輪物語をどう読むべきか?
どう読むも何も巻を順番に読んでいけば良いではないかと思うでしょうが、文字に慣れていない人、富士見などの軟弱な文庫ばかり読んでいる人は大抵これでは失敗します。序章で挫折したという人が結構居るのです。日本語版指輪物語は、トールキンが一度改定を行なった英語版から翻訳された物ですが、その改定時に加えられた序章は、主に改定前の物を既に読んでいる読者に向けられて書かれた物なので、初めて読む人が序章に目を通してもほとんど理解できず、「何だこれは?」と思うでしょう。ですから序章は取り敢えずホビットの生活風習が書かれている部分と、ホビットの冒険より先に指輪物語を読む人は「指輪の発見について」だけを読んでおけば良いのです。
ここでも取り敢えず、ホビットの冒険よりも先に指輪物語を読む人の為に、指輪物語に関係しているホビットの冒険の粗筋を簡単に書いておきましょう。
袋小路屋敷に住むホビットのビルボ・バギンズは、ある時大魔法使いガンダルフの訪問を受け、トーリン・オーケンシールドを主とする13人のドワーフと共に、黄金竜スマウグに奪われたドワーフの宝物を手に入れる為に出発しました。一行は途中でトロルに襲われますが、ガンダルフの計略でトロルをまんまと石にしてしまいます(トロルは太陽の光を浴びると石になるのです)。彼らはトロルの溜め込んでいた宝物から剣を見付け、トーリンはオルクリスト、ガンダルフはグラムドリングと名付けられた剣を手にします。ビルボは小剣を貰い、それにつらぬき丸と名付けました。
一行はその後「最後の憩」館に立ち寄り、そこの主の半エルフのエルロンドから助言を受けます。そして再び出発しましたが、ビルボは山の中の洞窟で仲間とはぐれてしまいました。その時に指輪を見付けたのです(このあたりの詳しい事については「指輪の発見について」を読んで下さい)。一行は再会して旅を続けます。途中熊人間のビヨルンの所に立ち寄りました。そして闇の森を抜けようとしたのですが、ドワーフたちは闇の森のエルフに捕まってしまいます。エルフの王はドワーフ達が何かを隠しているのを見抜き、ドワーフたちを地下牢に閉じ込めてしまいます。ビルボは、身に付けると姿が見えなくなる魔法の指輪を使ってドワーフ達を助け、樽に乗って川を流されて行きます。そして遂に竜の居るはなれ山に到達しました。そしてトーリンが討ち死にしましたが、竜も死んで見事宝を奪い返すのです。ここでの細かい経過に付いては省くとします。ビルボはミスリルの鎖かたびらを初めとする宝物を手に入れて帰途に就きますが、ホビット庄に戻るとビルボの親戚のサックビル・バギンズが、ビルボは死んだ物として袋小路屋敷の家具を売り払っていたのです。そうやってサックビル・バギンズは袋小路屋敷を乗っ取ろうとしていたのですが、その計画は危ういところで阻止されました(ビルボとサックビルの不和はこれが元です)。そしてビルボは「死ぬまで一生幸せに暮らしました」。
さて、指輪物語の読み方に話を戻しましょう。これだけは絶対に注意しなければならない点があります。それは「旅の仲間の訳者後書きは読んではならない」という事です。ここには先の展開のネタばらしが行われており、非常にがっかりしたものです。ですから一度読み終わるまではここは読んでは行けません。
一番最初に指輪物語を読む時は、とにかく最後まで読み通す事を目標にしましょう。どの道一回読んだだけでこの物語を完全に理解する事は不可能だからです。ですから文字に慣れていない人は、まず挫折しない様に一度勢いに任せても良いから通しで読むのです。この物語が本当に面白くなるのは旅の仲間の後半からです。ですからそこまで挫折しない様に読むようにしましょう。
何度も「挫折しないように」を繰り返しておりますが、それほどとにかく挫折者が多いのです。しかし私の知り合いでは、読破出来た人でこの物語を面白くないと思った人はおりませんでした。ですからとにかくがんばって読んでみて下さい。
そして何度も読み返す事です。この物語は読み返すごとに新たな発見があり、実に奥が深いのです。シルマリルの物語を読む事が出来たら、もう一度ホビットの冒険に指輪物語を読んでみましょう。そうすれば更に新たな発見があるでしょう。
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