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「身体における人形性」押井守×山田せつ子対談

イノセンス』公開を記念して、2月7日から3月21日まで行なわれていた球体関節人形展。開催者の予想を大きく上回る大盛況のうちに終わったわけだが、3月13日には「身体における人形性」ということで、押井氏と、舞踊家の山田せつ子の対談が行なわれた(山田せつ子氏と、押井守監督の実姉である最上和子氏舞踊パフォーマンスもあった)。
元々押井氏と山田氏は『G.R.M.』を切っ掛けにして出会ったということだ。ここでは『G.R.M.』の話を中心に紹介したい。

押井「完成しなかった映画について語るというのは監督にとって一番しんどいというか、つらい話なんですが(笑)、『攻殻』という映画をやっている間に準備が始まっていたんですけど、あるおもちゃメーカーさん、Bという会社ですけど(笑)、『大きなコンテンツで、世界的な映画を作りたい』と、デジタルエンジン構想というのがあったんです。その最後の名残が今完成しつつあるらしいスチームボーイなんですが、そのもう一本の柱として『ガルム』を作っていたと。実際“未完”とか“公開されなかった”という話ではなく、撮影に入れなかった、準備作業だけしていた。準備作業の間に膨大なフィルムを回していてですね、その中のテーマが幾つかあったんですけど。
僕自身は制作を諦めていない、何年か後に是非作りたいと思っているので『ガルム』はどういう映画かというのはここで明らかにできないんですが、平たく言って月が舞台の、出てくる登場人物が甲冑を付けたファンタジーというかSFものです。
ではなぜ登場人物全員甲冑かというと勿論理由があるんですけど、いつからかは定かではないけど僕は自分の映画の中である時期から、『天使のたまご』あたりから人間の身体の表現ということをぼんやりと感じていて。
僕が実写の監督なら考えつかないと思うんですよ、アニメーションは絵の人間を無理矢理動かすということをやっていて、やっている間は意識していないけど、僕は何かしら奇妙な仕事だとずっと思っていたんですよ。人の形をしたものを無理矢理動かしているということが、後にそれは人形とか人形師との出会いの準備みたいなものであったんですけど、ある時実写映画を作っていて、人間の生身の動きというのは極めて不自由である。どうしても役者さんというのはカメラの前で演技をするとき、演技をしていても、どこかしら日常の生きてきた体の動きがひょっこり顔を出すんですね。立っているとか歩くとかいうところにもその人の歴史が出てきて、それは演技ではカバーできない。顔というのも、どんな役の演技をしてもその人固有の顔がある。アニメーションにはそういうのは一切ないので、映画の中にしか登場しない人物としてデザインできる。実写映画ではそういうことは原理的にできない。
これはきわめて不自由だということをずっと考えていて、ある時、というのは僕は実は甲冑を使った映画を2本ほど作っていまして、『紅い眼鏡』と『ケルベロス』という、知っている人は知っている、知らない人は全然知らない(笑)。そういう映画があったんですが、この映画でプロテクトギアという、戦闘用のスーツ、動甲冑を扱った経験があって、その時中に入った役者さんの身体と、ディジタルで撮った甲冑の違いに明瞭な差があって、甲冑を着ているときに出る特有の癖がある。映画の中にしか登場しない登場人物の、架空の体は甲冑で実現できるのではと思ったんです。それでまあ当時70億だった予算の映画が40億に20億に減っていったんですが(笑)、そういう映画を作ろうとしたときに、生身の役者ではなく甲冑を第二の人工の体として、甲冑自体をキャラクターとして扱う、そういうようなことを思いついたんですよ。
ただし、甲冑を着て演じる役者の専門家というのはいないので。役者に甲冑を着せても、恐らく役者の身体が表われるだけ。時代劇と同じで、着物着たり袴着たり刀持たせたりすると、その中で一種演技する人間の枷、必ず所作が生まれてくる、肉体の動きとか。その極限的なものが甲冑だったんですよ。
逆にいうとですね、甲冑を役者さんに着せる必要はないんじゃないか、身体のプロフェッショナルがいればそれで成立する。声はアフレコで入れればいいわけだし。それで役者さん以外の誰に甲冑着せて芝居させたらいいのかと考えたとき閃いたのは『舞踊をやっている人はどうだろう』と。甲冑というものを着たとき、どんな人間の動きを見せるのだろうと興味があって。お付き合いが全然なかったので色々ためらいもあったんですが、僕自身たまたま見ることも多かったんですが、ある舞踏の公演で見た山田さんの踊りが非常に印象に残っていて、足の運びとか体の表現とかとても素晴らしいと。それで直接電話して、『かくかくしかじかなんですが会ってもらえませんか』という経緯です。取り敢えず大泉の撮影所に仮のセットを作って、『好きなように動いてください』と。それでどんどんカメラ回して、映像になったものを見て、何ができるか考えようと。今思うと物凄く贅沢な作り方ですね(笑)。実際に役者を撮ってテストするカメラテストというものもあるんだけど、取り合えず撮影してみないとわからない、カメラテストの拡大版ということで、延べで4~5日やってましたね、セットの中と駐車場にブルーバックを組んで、合成素材のための撮影。そういったようなことを4~5日、結構ハードなテストだったんですけどそういうような経緯ですね」
山田
「電話を頂いて、最初おっしゃることがよく判らなかったんですね。最初電話してくれたのが押井さんじゃなくてプロデューサの方だったような気がするんですけど、私がどういうことをしなければならないのかよく判らなくて、私が躊躇したのが感じられたと思うんですよ。それで『とにかく話だけでも』とおっしゃっていただいて、家が荻窪で、某おもちゃ会社の事務所が近かったので、ちょっと行ってみようかなと思って、行ってみたらずらずらと人が並んでいて。あまり押井さんは細かく説明なさらないけれども、『多分私のダンスを見ていらっしゃらないな』と思ったので、『私のダンスをご覧になっていないのにいいんですか?』と言ったら『見てます』と。見てるならいいのかなと思って。
それでお話を聞いていたら、作品の内容より身体論というのを押井さんが色々凄く話されたんですよ。それが物凄く面白くて、『どういう結果になるかわからないけど、この方となら話をしながら仕事してもいいんじゃないかな』というふうに思ったんですね。その時は身体論だけじゃなくて、押井さんが考えている世界観というのを、きちっとお話ししてくさだったように覚えているんですね、それで私は勇気を出して現場に行ってみたんですけど。
そうしたら撮影前に、まず甲冑合わせがもの凄く大変だったですね。とにかく“ぴったり”というと変ですけど、もう1ミリの狂いもないような甲冑を作ろうと技術者の方がなされていて、それを合わせるだけでも物凄く大変で。寸法を採って特注で。凄い贅沢だったと思います。あの甲冑は一体どこにいったんだろうと思っています(笑)、どうせ映画にならないなら貰っておけばよかったと思うんですが(笑)、物凄かったんですね。歩いたりするため膝とか関節部分は自由になっているんですが、その時作られたものが物凄く精巧なもので、私は押井さんのことはあまり存じ上げなかったので、こんなことを実験でできる人はどういう仕事の仕方をしている人なんだろうと(笑)。私たち舞台なんかをやる人は凄くお金がなくて、衣装といっても大変なのに、こういう事を実験でやって良いのかというくらいに精密だったんです。
最初(甲冑を)付けてみたら最初全く動けないんですね。あとダンスをしている私たちは、“衣装を自分の皮膚にする”という感覚があるんですね。“衣装は自分の皮膚の延長線上”という、それで体を、物の方に浸食させるということをイメージしていかないと全く踊れないんですね。だけどあまりにハードな器で、どうやったってぎこちなく見えるし、視界も少ししかないんですよ。それに口に、ガスマスクが(笑)」
──押井さんのやっていたケルベロスのみたいな感じですね。材質は何だったんですか?
押井
「ウレタンとかですね、ウレタンで作ったりビニールレザーで作ったりとか、仮面ライダーの衣装みたいな物で、その時は金属の質感を実現したかったのでFRPで作ったんです。FRPだけど半透明で、中に特殊な反射板を仕込んで、照明によって玉虫色に色が変わるという物凄く凝ったもので、甲冑を着るというよりは拘束具みたいに、色んな物を体にくっつけていって、体で甲冑を実現するという。
FRPは樹脂でけっこう固いもので、可能な限り薄く作ったんだけど結構重量があったんですよ。甲冑作るだけで半年近くかかってますね。デザイン決定して、原型作って、採寸して、衣装の仮縫いみたいに甲冑合わせを3回くらいやって、腕が上がらないとか腰が回らないとかあったら検討して、見た目の良さと動き易さの摺り合わせをするわけです。甲冑あわせの段階で、既にある動きが見えていたんですよ。流石だなあと思ったんですが。衣装と皮膚をすりあわせようとする過程で、独特の所作が既に生まれたんですよ。これはいけると思ったんです、凄く見応えあるし、『仮縫いからカメラ回せ』って言ってDV回していたんですけど。
舞台で、セットで踊って頂いたのは勿論、衣装あわせの時も動きをを試して頂いて『これはいけるぞ』と。大変と言えば恐らく大変で、重かっただろうし(体が)痛かっただろうし、(視界が狭くて)見えないというのが効いていたと思うんですよ。視界は小さなスリットしかなくて、しかもバイザーを降ろして戦闘するという。バイザーが稼働する凝った甲冑だったので、あとは天井からケーブルを垂らして12~3本ほど背中に繋がっているもので、これは今日持ってきて皆さんに見て頂ければ良かったと後悔しているんですけど、素晴らしい見物で。カメラマンは死ぬ思いしたんですけど、特撮の監督とか色んな人間が惚れ惚れしてみていたんですよ。撮影が終わった後に、特撮監督の樋口真嗣という男が来て『本当にええもん見せて貰いました』と。僕も、もう映画作らなくてもいいんじゃないというくらい(笑)。そういうようなもんで、絶対行けると思いました。あとはこれを量産するだけだと。この甲冑を数十体分用意する予定だったんですよ。ただ冷静になって考えてみると、山田さんの甲冑一つで、幾らくらいかかったかな、200~300万くらいかかったのかな。甲冑作っただけで億の価格になるんですね。それで慎重に考えて、甲冑使っただけで動けないと意味ないし、『山田さんと同じレヴェルでで動かせる人どれくらいいるんだろう』と。モーションキャプチャして複製しようとか色々検討している間に、某B社の都合で見事に空中分解しちゃって、甲冑は恐らく荒川の倉庫の片隅にあると思います、本体はFRPだから大丈夫だろうけど、スーツとかマントとかは今はもう腐って無くなっているだろうなと思いますけどね(笑)。
僕はイケイケでやっていたんだけど、山田さんがどこまで我慢していたのか(笑)、撮影の時は照明沢山使う訳だし、やったときは8月、炎天下でやったので。昔の『ケルベロス』の時でも、甲冑着せた一個中隊がばたばた倒れて(笑)、これは倒れちゃうんじゃないかなと(笑)。甲冑で映画作りたいという思いがあって、これは僕の映画最大の発明になるんじゃないかなと思っているんです。甲冑の人物、甲冑だけの世界。犬はいるんですけどね(笑)。犬だけが生身で、何故かバセットなんだけど(笑)、あとは全員甲冑人間、甲冑のデザインで部族が分かれているという、そういう話。
残念ながら映画は轟沈しちゃったんですけど、その経験がかなりインパクトがあって、今回の『イノセンス』はその延長線上にある映画ではあるんですよ。甲冑でなくて人形になったんだけど。あれ(G.R.M.)がなかったら人形をどういう風に動かすかとか、そういう考えが出てこなかった。あの甲冑自体が造形として工芸品に近いので、是非公開したいと思うんですけど。作ってくれた人間の名誉のためにも、荒川の倉庫で朽ち果てさせるには余りにも惜しい。20億とか30億とか、お金が用意できる方は是非ご一報下さい(笑)」
──イノセンスの最後のシーン、人形が襲いかかってくるところですけど、舞踊の動きが入っているという気がしたんですけど。
押井「球体関節の人形を、どう動かしてアクションさせるか色々考えたんだけど、結局アニメーターの想像力にかかっているんですよ。こちらからは色々指示を出したんですよ。関節が逆に動くとか上半身が90度ねじ曲がっても良いんだとか、全身が人間の構造と違うとか、最初は色んな事を考えたんですけど、球体関節のある部分が欠損していたり、腕が複数あったり、ベルメールの人形みたいな事を考えていたんですが、やりすぎると公開が危うくなるので(笑)。
舞踊の動きをコピーしようとしても出来ないんですよ。独特の間合いなので『こう動けばいい』というのはないので、コピーできないだろう。基本的には『感情移入が難しいような動きにしてくれ』と。『人形という物である、人の形をした物が動いているんだ』ということを強調して欲しいと。実は体をどう動かすかというよりは顔の表情に気を付けて。
舞踊をアニメーターに見せたかったんですけど、アニメーターは基本的に腰が重くて、どこにも行きたがらないんですよ。人形を見るのも渋ったくらいなので諦めました(笑)。机に乗らない物は見ないというのがアニメーターで(笑)、アニメーターの机の上は狭いのでモニターすら置けない(笑)。僕自身の抱負はあったけれどもそれは生かせなかったですね」

押井「僕はケルベロスなどで甲冑を着て機関銃を振り回すことをやっているので、僕は甲冑を動かして撮るプロだと(笑)。『G.R.M.』を撮る物理的条件は着々と整っている(笑)。整わないのは演じる人間ですよ。山田さんをデジタルで無限に増殖させるしかない。
実写でもアニメでも、身体ということを必要なんだと思っていたんですよ。違った体と出会えないと新しい人物を想像できない、最初からCGでやると全然駄目で、将来技術が発達しても多分駄目だと思うんです。そこら辺が人間の体のもっている良さというかね、強さというか、根も葉もない動きじゃ駄目なんですよ。どういうふうに組み合わせれば最終的に映画でしか見えない体を獲得出来るかというのが。今回は人形ということで3年間つきあったけど、次は舞踊の世界の人とばっちり仕事したい。今回は人形展で踊って欲しかった。なにかありそうだなという感じはちょっとしました。具体的に仕事をするのはもうちょっと先にしたいけど、大体次は何なんだろってぼんやり考えています。まずは具体化する物語を探さないとならないですね」
山田「私の側からすると、身体というのは多様なものであるというのを実感として持っているので、その多様性に付き合わないと面白くないと思うんですね、ですから例えば10人のダンサーがいたら、その10人の多様性をいかに押井さんが獲得していくか、そこまで勝負をかけた作品を是非作って頂きたいと思います(笑)。」
押井「確かに多様性ということはあると思いますけど、人間の色んな人がいて身体の多様性はあるんだけども、(僕は)それ以外の所のに興味が向いているんですね、つまり鳥の体であったり犬の体であったり、その事の方が実は意味があるというか、遣り甲斐があるという気がしているんですよ。そうする事の人間のやり方、人間の体の持っている特殊性ということの意味が見えてくる気がしています。人間以外、鳥とか動物の体はどうして美しいのだろうと。バセットのずるずるばたばたも綺麗なんですよ。逆に人間の動きだけが美しくなくなった理由は何なのだろうかというような事を考えつつ、甲冑を着た人間しか登場しない、じつはサイボーグなんですけど、サイボーグの世界をやりたいと思っています」

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