初期のアドベンチャー(ADV)ゲームでは、プレイヤーは自分が行ないたいことをキーボードから入力しなければならなかった。例えば"GET KEY"とか(日本語コマンド入力の場合は)"とる
かぎ"というようにである。
この方式は大きな利点があった。選択肢を総当たりで選んでいけばいつかは「解答」に到達するコマンド式ADVとは違い、プレイヤーが、本気で自分で考えたことを実行しなければならないという点だ。例えばコマンドの中に最初から「殴る」というコマンドがあったら、「ああ、どこかで何かを殴らないと進まないところがあるんだな」とわかってしまう。だがそんなのがなければ「殴って先に進む」ということをプレイヤーが自分自身で考えなければならないというわけである。
だが、コマンド入力方式の場合重大な欠点があった。コマンド総当たりでは先に進めないから、行き詰まったらにっちもさっちもいかないというのは当然のこととして、例えば「どあ たたく(ドア 叩く)」ではなく「どあ ける(ドア
蹴る)」でないと反応してくれないというような、同音異義語その他の問題もある(ゲームの方でも普通は可能な限り同音異義語を拾うようにしているが、完全とは行かない)。ADVではないが私は「Wizardry #2 THE KNIGHT OF
DIAMONDS」で、「THE KNIGHT OF DIAMONDS」と答えなければならないところを「KNIGHT OF
DIAMONDS」と冠詞を抜いて答え、間違いにされてしまった。この事に気がついてエンディングを見るのに半年はかかった。
だが後に、キーボードがないコンシューママシンにアドベンチャーゲームが移植されるときに開発された「複数あるコマンドの中から実行したい行動を選ぶ」というコマンドシステムがPCの世界にも逆輸入されるようになった
。やはり、なんと言っても手軽で簡単なのが受けたのだろう。
さらに後に、「アイポイントカーソル」等と呼ばれるシステムが使われるようになる。恐らくこれが一番最初に使われたのは、1988年に発売されたT&Eソフト(現ディーワンダーランド)の「サイオブレード」というアドベンチャーゲームだが(非18禁)、まずマウスカーソルで画面上のある人物をクリックしたとする。すると「話す」とか「見る」とか「殴る」とかいうメニューが出てくるので、その中から「話す」を選択するとその人物と会話することができるという感じだ。このシステムは、PC用マウスの普及と共に広がっていった。
エロゲーのADVでも最初はキーボード入力のタイプから始まった。だがやはりエロゲーなので、「もむ むね(揉む 胸)」とかかなり露骨なことを入力しなければならなかった……らしい (私はその頃のゲームはやったことがないが)。同級生ではマウスカーソルタイプのコマンド入力方式だった。更にビジュアルノベルが普及すると、ストーリーが分岐する特定のポイントでしか選択肢が表示されない(それも数個だけ)ようになる。世代が進むと共にどんどんお手軽簡単なシステムが求められ、選択肢の幅はぐんぐん狭まっていったわけだ。
さて、「エロゲーでもストーリーを重視しよう」という動きが起こってきて「ドラゴンナイト4」や「DE・JA II」など、ストーリー的に高い評価を受けるゲームが表われてくる。その流れの中で登場したのが、「ONE ~輝く季節へ~」というビジュアルノベルタイプのゲーム だった。Tacticsから登場したこのゲーム 、前半のシナリオは楽しく笑いを誘うもので描かれ、その中にキャラクターを観客に掴ませる。
長森「ほら、起きなさいよーっ!」
浩平「うーん…あと3寸だけ寝させて…」
長森「単位がおかしいよっ!」
浩平「ぐー…」
長森「ほら、3寸経ったよっ」
浩平「経ってたまるか、ばかっ」
長森「もーっ、授業は今日で最後だから頑張って起きようよーっ」
浩平「最後…?」
そうか、明日は休みで、明後日がもう終業式だったか…。
浩平「なら起きてやるか…」
オレは体を起こす。そして窓の外にやった目に飛び込んできたのは雨雲に包まれた空だった。
浩平「雨か…。古傷が痛むな」
長森「なに、古傷って」
浩平「知らなくても当然だろうな。おまえはあの頃小さかったからな」
長森「同い年だよっ」
浩平「激流に流されてゆくおまえを見つけて、果敢にも川に飛び込み、そしてその手をとって、助けがくるまで岩にしがみついていたんだ」
浩平「流れはきついし、水は冷いしで、よく助かったものだと今でも神に感謝するよ」
長森「怪我なんてしてないじゃない」
浩平「いや、おまえを冗談で川にはめてやろうと押したときに手首をくじいた」
長森「浩平のせいで流されてたんじゃないっ!」
浩平「そのときの傷がじんじんと痛むんだよ…」
長森「美談でもなんでもないよ、それって!」
浩平「そうか…?」(ONE ~輝く季節へ~より)
それから女の子との恋愛が発生するが、その恋人の間には“えいえんのせかい”を舞台とした避け得ない離別が発生し、前半部との対照によって物語を悲しく演出する。そして最後の最後に感動の再会が待っている……という王道だ。
この「コミカルな展開→ラブラブ恋愛モード→悲劇的な別れ→感動の再会」というのは、「泣きゲー」として一つの黄金パターンとなった。もちろんそのパターンの中でうまく物語を描けるか、それともただの
ワンパターンと見なされるかはシナリオライターの腕によるが、この
「ONE ~輝く季節へ~」のスタッフが新たに立ち上げたKeyというブランドから登場した「Kanon」「Air」というゲームでこのパターンは再び成功し、多くのプレイヤーを泣かせることになる。
【祐一】「名雪ーっ! 起きろーっ!」
ドアを殴打しながら、名雪の名前を叫ぶ。
こうでもしないと起きないのは先刻承知の上だ。
【名雪】「……」
カチャと扉が開いて、中からパジャマ姿の名雪がぽーっと顔を出す。
【祐一】「起きたか?」
歩いてドアを開けているんだから普通は起きていないわけはないのだが、しかし名雪は普通ではない。
【名雪】「…にんじん」
【祐一】「人参?」
【名雪】「…わたし、にんじん食べれるよ」
【祐一】「……」
【名雪】「…にんじん、好きだもん」
【祐一】「寝てるだろ、名雪」
【名雪】「…らっきょも好きだもん」
間違いなく寝ているようだった。
【名雪】「…くー」
ぼかっ。
【名雪】「うく…あ、あれ?」
【祐一】「おはよう、名雪」
【名雪】「あれ? あれ?」
状況が飲み込めないらしく、きょろきょろと辺りを見回している。
【祐一】「今日もさわやかな朝だな」
【名雪】「なんだか頭が痛いよ…」
【祐一】「それはきっと、二日酔いだな」
【名雪】「わたし、お酒なんか飲んでないよ…」
【祐一】「夕べ、一升瓶ごとがぶがぶ飲んでただろ」
【名雪】「えっ」
【祐一】「俺がコップについでやったら、こんなもんでちびちび飲んでられるかーって言って」
【名雪】「ええっ、嘘だよ」
【祐一】「しかも、酔った勢いで裸踊りまで披露してたな」
【名雪】「わっ、そんなことしてないよっ」
【祐一】「俺も驚いたよ」
【名雪】「そんなもっともらしく冷静に言わないでよ~」
【祐一】「じゃあな、名雪。俺は先に降りてるから」
【名雪】「わっ。わっ。何事もなかったように歩いていかないでよ~」(Kanonより)
元来「悲劇的な別れ」「感動の再会」というのは、あらゆる物語における典型的雛形の一つだったが、それをビジュアルノベルに持ち込んだのが「ONE ~輝く季節へ~」だったと言えよう(他に泣きゲーとしては、ONEと同時期に登場した「加奈 ~いもうと~」などの例がある)。
この「悲劇的な別れ」「感動の再会」というパターンを使った泣かせゲームはその後続々と登場するようになる。KIDから出た「Memories Off」(非18禁)など
は明らかにその影響がみられるし、またサーカスの「D.C.~ダ・カーポ~」、スタジオメビウスの「SNOW」、Marronの「
âgeの「君が望む永遠」は、初めはどたばたした感じで話を進めつつ、後で三角関係の泥沼という奈落に突き落とすものだったようだ。「ようだ」というのは、私が「ああ、この後間違いなく待っているであろう泥沼展開に耐えられない!」と、体験版をやっただけで放り出してしまったからなのだが。
エロゲーでのビジュアルノベルが増加したことにより、エロゲーからエロ要素が薄れていき、「エロ」というものに拒絶反応を示す人でも取っつきやすくなった(一方で「恋愛ゲームにちょっとHシーンが付いただけ」のエロゲーがどんどん増えていったのだが)。そしてストーリーでプレイヤーを感動させることにより、エロゲーも純粋に物語として高い評価が得られるようになっていったのである。
もちろん、全てのエロゲーがこのような「恋愛ゲームにちょっとHシーンが付いただけ」のゲームになっていったわけではない。調教ものとか監禁ものとか、(私はそちらの方面には疎いのだが)まあそういった「まごう事なきエロゲー」も依然として発売されていた。
エロゲーの最初期に発売された、逃げる女の子を捕まえてレイプする「177」というゲームは国会にまで取り上げられ、発売禁止になった代物であるが(当時は18禁とかいうゲームの規定はなかった)、そのような「犯罪(的)行為を仮想体験するエロゲー」も、エロゲーの歴史の中で脈々と受け継がれてきた。
エルフの「臭作」だとかは、仕掛けたカメラによる盗撮写真などをネタに女の子を脅迫してエロに持ち込むゲームらしい。F&Cの
「Natural」シリーズなどは調教ゲームで、女の子を性奴隷に仕立て上げるゲームである。他にも「SEEK」「悪夢」などこの種のゲームも色々ある(ようだ)。
第4集 エロゲの移植果てしなくへ続く。