野良犬の塒
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野良犬の塒 押井守/プロダクションI.G作品 Wiki

本日公開!『イノセンス』石川光久プロデューサー特別講演

3月6日 『イノセンス』一般公開初日、文化庁メディア芸術祭の一環として、「アニメーション特別講演 アニメーションの新たなる挑戦-本日公開!『イノセンス』石川光久プロデューサー特別講演-」という長ったらしいタイトルで、株式会社プロダクション・アイジー代表取締役 石川光久氏の講演が行なわれた。司会は東京大学大学院助教授の浜野保樹氏。

浜野「お集まり頂いて有り難うございます。お礼を言うのは石川さんの方にまず言わないとならないんですが、なんでこんなところにいるのか、『イノセンス』公開初日にこんなところにいて良いんですか(笑)。えっと、まずご紹介する前に、今日これまでに『イノセンス』をご覧になった方は?」
(会場の半数ほど挙手)
浜野「おお凄いね、どうも有り難うございます。本当に押井さんの『イノセンス』は繰り替えし観ないと判らない作品ですから、是非観て頂きたいと思います。それで今日メディア芸術祭の会場をお借りしまして、石川さんに来て頂きました。本当に歴史的な記念すべき『イノセンス』公開の初日に貴重な時間を割いて来て頂いたことを光栄に思いますけれども、ここにお集まりの方は、石川さんの紹介というのは必要ないとは思いますが、本当に石川さんは立派なことをされたと思いますので、紹介を兼ね、ちょっと石川さんの歴史を辿ってみたいと思います。まず石川さんの、Production I.Gという会社がありますけれども、プロダクションI.Gの歴史を描いた『軌跡』という本があります。これには、1988年からI.Gの歴史が始まったという風にありますが、僕の記憶だと1987年の12月からじゃないですか?」
石川「えっとですね、『ジリオン』というTVシリーズを、フリーのプロデューサーという形で1年やりましたので、その辺りが大体チームとして、会社の設立と独立かなと思います」
浜野「石川さんが大学を出られて、タツノコに入られて、それから石川さんのIと、後藤(隆幸)さんのGで有限会社I.Gタツノコという会社を独立して立ち上げられたんですが、その時は幾つだったんですか?」
石川「27、8だったと思いますね」
浜野「本当に若い時に立ち上げられて、今日に至ります。それで皆さんもご存じの、『パトレイバー』と『パトレイバー2』。この映画は私も本当に好きで、キャメロンも『パトレイバー』の1と2がとても好きだったわけですね、それで一躍I.Gの名前を世界中に轟かしたというか知らしめた『攻殻機動隊』という作品がありましたが、『攻殻機動隊』のときは石川さんの会社は、まだ制作を請け負っていた段階なんですか?」
石川「そうですね、丁度I.Gの転機というのがその『パトレイバー2』というところからですね。名前はあまり知られていないんですが3本同時に仕掛けたんです。まず『パトレイバー2』に金銭的に5000万を初めて出資させて貰って、OVAで30分6本の『ぼくの地球を守って』というのをこれもちょっと出資させて頂いて、もう一つTVシリーズで『BLUE SEED』というのを仕掛けたんです。TVとOVAと劇場と、3本出資と制作をこなして。次に、出資はしないで権利を取ろうということで、講談社さんから許諾を頂いたのが『攻殻機動隊』ですね」
浜野「その後『エヴァンゲリオン』とか『人狼 ~JIN-ROH~』とか歴史的な作品を次々と作られて、ついに今日『イノセンス』に至るわけです。石川さんの業績はアニメーション業界のみならず、日本の企業家代表としてアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー日本代表に選ばれまして、いつでしたっけ国際大会は」
石川「来年5月の末に行なうということですね。世界大会です」
浜野「それで一番を決めるわけですか」
石川「そうですね」
浜野「というわけで企業経営者としても高く評価されているわけですけど、石川さんが去年最高の個人賞ということで受賞されたわけです。
『イノセンス』制作に3年、計画からいって5年ですか。今日までに至った感慨から喋って下さい」
石川「今日を迎えて、本当に色んな気持ちが胸の中に押し上げて来るというのはこういう事かなと思うんですけど。まず4年前に『GHOST IN THE SHELL 2』を押井さんとやろうと決めたんですね。その時何タイトルか企画を押井さんにぶつけたんですけど、『あとの3つの企画はブラフだろう、自分がやるとは思えない』と押井さんは判ってて。『攻殻2』は、押井さんもタイミングを見計らって待ち受けていたんじゃないかなとガチッときて、じゃあやろうと。ただ、契約を挟むと10年前にやった『攻殻』と同じ事をやるというのはお互いにモチベーションがもたないので。
まず『GHOST IN THE SHELL 2』でやろうとしたことは、ビジネス構造、I.Gの環境全てを変えるんだという戦略というのが。押井さんも戦術とか戦略とかいうのが好きで、戦略という言葉にガッと来たんですね。
I.Gとしてはまず『この映画がヒットすることが全ての問題を解決する方向だ』と、凄くシンプルに考えたんですよ。どんなに『いい映画だ、クオリティが高い』と言われても、ヒットするとは限らない。これはなぜかということを逆に考えて、まずヒットすることと。
もう一つ、前回『攻殻機動隊』が海外では凄い評判が良くてビデオリリースの数字を上げたんですけど、国内では出資にリクープが行ったか行かないかくらいで、まあ厳しい数字だったんです。プロデューサーとしては予算を下げて宣伝を下げて、リスクを避ければヒットする確率は増えるわけですね。それを今回は『予算は前回の4倍』というハードルを超えたところからヒットというのをはじき出したんです。それを明確に押井さんと話して、きちっとスタートできたというのがあります。
あとタイミングというのがあります。ヒットするというシンプルな事は、戦略としてタイミングが重要だというのがあるので、原作の士郎さんの力を借りようと。押井さんと士郎さんと話して、映画が一つと、TVシリーズもやりたいと、あとゲームも立ち上げたいと 、3つの柱にしたいと。メディアミックスと口で言うのは大変簡単なんですけど、時間軸というのが大変難しくてね。出口が凄く調整しづらいので、この辺りを全部ビジネスが強いところと組みたい。ゲームはゲームで強いところと組みたいというように、強いところと組むことで結果が出せる。プロデューサーの立場で、石川でなければこの3つの軸を進めるのは無理だと思ったんです。それでその3つの軸の柱として『イノセンス』がスタートしたんですね」
浜野「押井さんの映画は本当に凄い映画だなと思うんだけど、I.Gと組むとしっかりしたエンターテインメントとして完結した映画になる。それは何故なのかと。石川さんと組んで、別の映画を押井さんが作りたかったという噂も一杯ありますよね、それが第一点で、そこのところを石川さんが『イノセンス』に至った秘訣があるんだろうと思うんですね。
もう一つI.Gというのは物凄く業界で評価が高いし、でも先ほど石川さんが仰ったとおり、じゃあヒットしたかというとなかなか渋いし、単館ロードショーになってしまったりとか、なかなか劇場でのヒットに繋がらなかったですよね。それを今回、どういう風に持っていこうとされたんですか」
石川「そうですね、まず劇場に絞って話すと、制作費4倍というのは言うのは簡単だけど、まず頭の中に浮かんだのは出資者で、前回バンダイビジュアル講談社MANGA ENTERTAINMENTという出資者があって、講談社から許諾を受けて作るという仕組みがあったけど、そこから変えたかったというか、まずうちが主勘定をやりたいと。
感謝しなければならないのは、バンダイビジュアルやMANGA ENTERTAINMENTとかが、アニメ会社にタイトルを渡すというのは本来ならあるまじき行為ですよ、それをI.Gに許諾してくれたというのは物凄く感謝しているし、預けられたという責任感の上で、どういう戦略を立てたかというと、大きく分けて二つ。
まず海外に対してきちっと、制作費が20億だと想定しますと、何年かかるかは判らないけど、20億の半分、10億を海外から引き出すように交渉しようと考えたんですね。申し訳ないけどMANGA ENTERTAINMENTさんは、ビデオグラムを売っている会社で『AKIRA』を売ったり『攻殻』をもってきたり、日本産アニメーションを売った功績は凄く大きいんですけど、映画には壁がある。今回世界にステージを上げたいということで、メジャーと交渉する。
メジャーと言えばワーナーフォックスドリームワークスという最低3社になるので、3年前にこの3社にシナリオを持って行ったんです。一番いいかなと思ったのは、ドリームワークスのカッツェンバーグですね。ディズニーでアニメーションのプロデューサーをやってきて、そこを辞めてドリームワークスに行ったカッツェンバーグが『うちはルールがないのがルールだ』と。『大人にも子供の気持ちというのを持たせるため、子供・家族に見せる物を作る』というディズニーの精神でやって来たんですけど、ディズニーを辞める時、『大人が子供に見せたがるものを作ると子供が反発する時代がやってきた。これからは子供が大人の世界を見たがるから、大人が面白いアニメーションを作る』と。そこにI.Gの構想と、押井守のフィルムがリンクしているというか、だからまず交渉としてはドリームワークスが一番近道かなと思ったんですね。
それでシナリオをまずドリームワークスに持っていって、話がすうっと行くと半分くらい思っていたけど、そこからが大変だったですね。打ちのめされたというか結構色んな事があって、そこから這い上がったということが一番良かったんじゃないかなと。ワーナーとも、あとはフォックスとも交渉出来て、あちらのトップと言われる人が出てきて。まず『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』というのはタイトルが出ていてマーケティングが出来ている、あとI.Gなり石川が直接交渉出来たというのが大きいと思うんですが、20億のうち10億も到達できない数字じゃないというのが感触的に判ってきたんです。もう10億はビデオグラム、TVで間違いなく国内で10億はいくんじゃないかと。
それで何が言いたいかというと、その辺りを交渉した石川が、リスクという点では結構ハードルであったけど、交渉をきちっとできれば未知の世界ではなかった。結構がんばれるなと。だけどよくよく考えると、『映画を作るんだ、ヒットさせるんだ』という中心が抜けてるなとずっと悩んでいたんですよ。10億+10億=20億というのは違うんじゃないかなと。やっぱり興業でも1/3くらい、20億だとしたら7億+7億+7億はやらないと次に繋がらないと思ったし、勝負したことにならないというところで悶々としていたんですね。その辺りで、『20年の宿題』と鈴木さんが仰ってましたけど、ショックアブゾーバというか押井さんと鈴木さんの溝を埋める努力をすることで、出口が見えたんですね。いくら映画でお金を集めても、いい映画ができるという感触があっても、戦略とタイミングというのが映画にとって大事だなと思って、その辺りに鈴木さんが入ることで、戦略タイミングがはまってきたという感じですね」
浜野「日本の会社がハリウッドメジャーと対等に話をしようとしても、大体ちんぴら扱いされて終わりですよね。具体的にどういう感じでいったんですか」
石川「この戦略は、凄く時間がかかることだと思っているんですよね。もうこれも7年くらい前かな、『攻殻』がヒットしたからロスにI.G USAというアンテナとしての会社を作るということが水面下であったんですね。どこの会社も、日本のアニメがジャパニメーションと呼ばれて『行ける』とアメリカに乗り出したんですけど、一つ二つ問題点があって。
まずちゃんとした法人登記をしていないケースが多いんですね。アンテナ的に支店として場所を借りているだけで。それはどうかなと。うちとしてはLLCという法人として、アメリカのプロデューサーなり会計士さんなり、現地の人間を常任させる、まずそれが7年前からきちっとあったんですね。2つ目の問題は、大体みんな3年で撤退するんですね。でもうちは3年以上やって、そこからがうちの強みで。必ず風は吹くから、それまで無駄なことはせず情報収集して、風が吹いたらそこに飛び込むようにして、それは石川の性格というのもあるしI.Gの性格、スタイルというのがあるので、海外でも同じような戦略を立てたんですね。I.Gはアメリカに拠点があったというのが皆さんに覚えておいて欲しいことの一つで。
それでどういうふうにメジャーに接したかというと、例えばドリームワークスに最初に行った時、アニメーション部門のアン社長という人がいたんですが、挨拶くらいで2、3分しか会えなかったりするんですよ。シナリオ持って行ってもそんなだったんですね。それが月1くらいでしつこく行って、ようやくミーティングに入ってくるわけですね。
それでビジネスミーティングとクリエイティブミーティングとあるんですね、ビジネスミーティングとなると、押井さんでも喋る隙がないですね、押井さんとまったく違うところからあげてくるんですよ向こうは。ただやっぱりしつこい、諦めないというのは大事で、1年半がたつと、制作現場を動かしているから、設定画や原画、先行したカットが上がってくるんです。カットを見るとドリームワークスも目の色が変わりましたね。これでカッツェンバーグとかがミーティングに出てきたんです。間違いなく彼もカットを見て、この作品をうちでやりたいんだと強烈にと言い出して。
そこで僕はどうしたかというと、そこからワーナーやフォックスに行きだしたんです、しつこく。日本では義理と人情というか一社のみという形で、例えば東宝さんのところにずっと行っていたら松竹さんのところに行くとかは絶対無い。でもよくよく考えると、ここを逃したらフォックスもワーナーも二度と行けないと思ったんです。それでフォックスやワーナーに行けば行くほどドリームワークスの提示額が上がっていったんです。最終的には、フランスのカンヌに行ってですね、『GHOST IN THE SHELL 2』をヨーロッパのカナルの営業に行きたいと言った時に、そうしたらすぐ2日目くらいからドリームワークスから電話があって、ヨーロッパを含む全てをドリームワークスで欲しいというようなことを言われて、何のためにフランスに行ったかわからないほどなんですが、結構諦めなかった事は凄く大事だということと。
あとやっぱりぶれないということだと思うんですね、最初からあっち行ったりこっち行ったりするのは。僕はI.Gのスタッフ代弁者として自分があるから、中途半端にどこかと組みたいという事は全然無かったですね。最後の最後まである程度現場のことを理解してくれて、この映画を興行してくれる契約がなければするもんじゃないというようなところと。あと日本の興業をどうするかというのが同時に進んでいったんですね、そういうところが凄くお互い刺激があったし、逆に鈴木さんに対するプレッシャーとかも与えたかったし、それが良かったと思うんですね。
重複しちゃうんですけど、ワーナーに言わせて貰うと、役員が予告を見て判断したいというとき、役員のイマージェンシーミーティングとか入っちゃって、行った日の試写会で見せられなかったんですね。その時に『ワーナーとの今後の交渉は打ち切る』と、きちっと言ったんです。これはみんな凄い後悔してますよね、ちゃんと見せられなかったのは凄く残念だと。その辺りも何故かというと、やっぱり自分が石川一人じゃないから、スタッフと作っている『イノセンス』で、中途半端な交渉をしていたらみんなに笑われますから」

浜野「今日押井さんと舞台挨拶でご一緒されたんですよね、押井さんは何を言われたんですか」
石川「今日の挨拶は今まで聞いた中で一番良かったですね。今日の挨拶を聞いたら、『イノセンス』を最低でも5回は見たくなるなと(笑)、今日は押井さんにここにも来て欲しいと言ったんですね、そうしたらみんな『イノセンス』5回は見たくなるからと。そのくらいいい挨拶でしたよ」
浜野「ぶっちゃけて言うとどういうことですか(笑)」
石川「まずオープニングの人形のシーンがあるんですけれども、その人形が何を見ているかということですね。何が瞳に映っているかということが、この映画の最大のテーマであるということを自ら教えたんですね。ただこの目に映っているサイズというのは小さくて、劇場でしか判らないと。これは5回見て、判る人間が100人中1人か2人しかいないだろうと(笑)。だから10回見たら、100人中10人くらいにはなるだろうと、そういったことを言っていました(笑)」
浜野「今押井さんは、舞台挨拶回っていらっしゃるんですか」
石川「えと、今日の舞台挨拶が終わって、『ここに来るか』と言ったんですけど、『犬の散歩がしたいから』と帰っちゃいました(笑)」
浜野「I.Gの中に押井塾ってありましたね。石川さんと押井塾ってどういう関係なんですか」
石川「多分社長とか社員とかそういう関係って、逆に言うと辞めると離れちゃうんですね。これは危険な関係で、監督が社員でいいのかなというのがあって。押井さんがI.Gの役員だったりすると、その才能を違うところに使っちゃうと勿体ないと思うんですよ。そんなことがあって僕は押井さんとの関係は、社員より強い関係だと感じているんですよ。押井塾一つをとってもそうなんですね。I.Gに人が入ってきたら、僕はまずチャンスを与えたいんです。例えばアニメ業界で制作進行だったら、言い過ぎかも知れないけど『使いっ走りみたいに捨てちゃう』と、ボロ雑巾みたいに言われてますよね。でも制作進行で『こういう映画を作りたい』と企画をやりたいと考えている人は結構いるんですよ。そういう人間を育成したくて、押井さんの意見で『ここがいい』とか『こうしたほうがいい』とかそう言える環境を作れば、制作進行にこういうチャンスがあるところは絶対無いなと、そこがI.Gの良さであり。これはお金じゃなくて、これは押井さんとも話したんですね。押井さんも無償で、企画に関して決まったら、権利はI.Gに帰属するとしてスタートしたのが押井塾だったんです。社員だからやるんじゃなくて、この関係は深いなと思ってますね」
浜野「初めて石川さんと会った時に、『G.R.M.』のデモンストレーションを観て、これが押井さんの作品中でベスト1だと、『イノセンス』と同じくらいと思っているんだけど、デモテープを見たらこれでいいじゃん、実写でやらなくても良いじゃんというくらい思ったんだけど、あれは別の会社ですよね。石川さんが押井さんのプロジェクトでOK出すのと、押井さんが石川さんに『作ろう』というのと、石川さんがNOというのは、どういう判断基準なんでしょう」
石川「さっき押井塾の話が出ましたけど、押井さんは自分でめちゃくちゃ企画を出すんですよ。『こういうのやりたい』って。でも押井さんの企画が通ったことないんです(笑)。話を聞くと途中までは面白いと思うんですよ、『これは行けるな』と。でも『石川、これから先はうどんおごってくれないと喋れない』とか言われて(笑)やっぱり怪しくなってですね、あとは勝手に喋られて。その辺りに押井さんとの不思議な関係ですね、塾長の企画が通らないと。あとアニメーション以外に実写ってあるんですよ、『I.Gも実写やろうよ、プロデューサーやってよ』と、G.R.Mのとき押井さんに、八ヶ岳で口説かれたことがあったような気がするんですよ。でもI.Gとしては実写は作らないという信念で押井さんと関わっているんです。これはやっぱり、僕としては押井さんがアニメーションに戻ってくる場所を作っておきたいんですね。これは凄く大事で、押井さんが帰る場所というのをきちっと作っておけば、押井さんの監督寿命が延びる、長く監督の仕事をして貰いたいという、本当の気持ちがですね、押井さんと実写で組まない方がいい、またI.Gという戻れる場所があるんだよと」

浜野「I.Gといえば沖浦さんとか神山さんとか、僕を神楽坂で3時間待たせた北久保とかですね(笑)、いろんな優秀な人がいますけど、石川さんが押井さんに惚れ込むという、押井さんの一番良いところはどこなんですか?」
石川「やっぱり監督とプロデューサーというのは色々あるんですけど、人間的に好きにならないと最後まで付き合えないと思っているんですね。才能というのは当然必要なんですが。人格者というのは別で押井さんが人格者というのは理解しがたいけど(笑)、押井さんは人間的に面白いんです。『この男だったら半分騙されてもいい』と。100%だったらとんでもないところにいっちゃうんで、半分騙されて、半分こちらも要求出すと丁度いいところに行くと思います。押井さんの才能と人間性の魅力が。アニメーションは共同作業というのが大きいので、そういう綿では才能だけよりも人間の持っているキャラクターというのが、他人に力を出させるエネルギーが押井さん上手いんですね。その辺りが今までやってこれたし、これもやりたいというところです」
浜野
「鈴木さんも、『色んな人と付き合ったけど、押井守で誠実で嘘をつかない男はいない』という話をしていたんですが、僕も押井さんは本当に誠実な人柄だと思います。そこで名前が出ましたけど、鈴木さんは経営者として凄いビッグネームですが、やはりビッグな石川さんから見ると鈴木さんはどうでしょうか」
石川「これはですね、付き合ってみないと鈴木敏夫の凄さと恐ろしさはわからないと思います。付き合ってみたら、本当にこれは自分も噂では聞いていたけど、これは生と死という映画のテーマがあるんですね、愛もあるんですけど、生と死というのを、鈴木敏夫と付き合ってほんと死ぬかと思いましたね僕は(笑)」
浜野「それ以上は話したくないということでしょうか(笑)。『イノセンス』に関して、押井さんはよく分かんないけど色んな事言っているんですけど、石川さんが『イノセンス』に込めた思いというのは」
石川「そうですね、プロデューサーを目指す人は複雑に考えるべきではないと思うんです。プロデューサーは何かというと、ヒットすることが一番プロデューサーに大事で、ヒットの方程式とか語られているけど実際は何がヒットするかというのはわからないですよ。ただどうしたら失敗するかは経験則で学べるんです。これは大事で、もう一つ自分の持っている弱さも凄く判るわけですよ。
弱さをどう埋めていくかというのは、自分の持っていないものを持っている人と関わるというか、補完するというのが。やっぱりアニメーターの方は役者だと思っているから、動画の時からプライドを持たせたいと思って接してはいるんですけど、プロデューサーはプライドって変に邪魔になるから要らないと思っているんですね。作品がヒットすることがわかっていれば相手のことを受け入れられるんです。『イノセンス』が公開されて、ただ思っているのは、ここまできて不安は凄く大きいけど迷いはないです。迷いがなければ次の作品に向かえるんですね。そういう信念を持ってやってきたことは間違っていないと思っています。
I.Gというのは、トータル的にはバジェットは7割近く越えてるんです。これは驚異的で、飛び抜けたヒットはないけど。これはスタッフにできる限り給料として還元したいと。それは最低限クリアしようと。アニメ界が貧しいというのはプロデューサーの言い訳で、社員だろうがフリーだろうが一緒に作品を作っているわけだから、それがI.Gの理念、精神で、これを忘れたらI.Gはとんでもない形だけの、つまんない会社になっちゃうということを自分にも戒めて言いたいですね」

浜野「プロデューサーは本当に鈴木さんも石川さんも凄いと思うんですね。まあ押井さん個人、プライヴェートな話になっちゃいますけど、押井さん本当にガブという犬が大切で、奥さんと話した時にガブが病気で、ガブの最後を看取らせたいとそればっかり言われて叱られちゃったんですけど、ご自宅の話していいですかね。外に出るとエイズとか色々あるというからガブを外に出さないんですよ。2階からガブをだっこして階段を下りようとした時に押井さんが足を折っちゃった、それで立て直して平屋にしたんですよ、そんな愛情の映画ですからね。……何なんですかね?(笑)」
石川「ええとですね、補足をすると例えば『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のラストシーンの手前で素子が子供の義体の姿を想像して頂くと、まず素子の少女の姿が鏡に映る、鏡に映した虚像の姿として。押井さんは虚構というのが凄く好きなんですね。それを切り返して今回ラストシーンに何を持ってきたかというと、トグサが娘を抱いていて、娘が人形を抱いているですね、それで向かい合っているバトーはバセットを抱いているんですよ。この構造がテーマに深く意味しているところがあるので。ただ単に犬好きの監督ではないということを付け加えたいなあと (笑)」

浜野「押井さんのテーマって、住みたくもない嫌な世界の中に生まれた悲劇の中でも愛する者がいるというところだと思うんですね。それで『攻殻3』というのはあるんですか」
石川「これ、今日も話が出たんですけども、鈴木プロデューサーが『ここまできたら3は休ませずに作らせろ』と、地方巡業に行った時に言っていたんです、冗談かどうか判らないですけど。あともう一つ、ドリームワークスも『2を作るんであれば、3はビジネス的にはこんだけのバジェットで作ってほしい』というのが会議に上るんですよ、ただその時に石川は『GHOST IN THE SHELL 3は作りたくない』と言ったんですね。というのは2つあって、この攻殻2、『イノセンス』以上のものはもう絶対に作れないとその場で言ったんです。これがMAXであって、このあとに3は作りたくないと。
あともう一つは、この3年間か4年間色々あって、作るだけではなく交渉や契約の複雑というか、めんどくささに辟易して、こんなことは二度としたくないと。この2つの理由を言った覚えがあるので、次に3があるか何年先か、時間が答えを出してくれると思いますので、この言った言葉の含みをもって待って頂ければと思います」

浜野「『イノセンスの情景』とはどういうものなんでしょうか」
石川「ここだけはきちっと言いたいと思うんですが、何というか、これは監修押井守とあったんだけど、プロデュース押井守なんですね。押井守のもう一つの世界、これを作りたかったんですよ。これはバトーもそうですけど登場人物、劇中に出てくる台詞のあるキャラを全て排除しているんですね。世界観と音楽だけでこれを作りたいと。『押井守が生涯においてヒットするものがあるとしたらこれだ』と言ったんです(笑)。全世界100万本は売れるって(笑)。必ず売れるから、それと値段は2,800円と、できるだけ安くお客さんに届くようにしてくれと。値段の設定から何から、ここまで押井守がプロデュースした作品は本気でこれ一本です(笑)。これを是非買って頂ければ間違いない(笑)。この値段の設定でこの中身は、石川のどんな台詞を聞くよりも見て頂ければ100倍いい(笑)。買って欲しいです」

浜野「これあんまり喋っていないんですが、前作の『攻殻機動隊』というのは実は、アメリカのアカデミー賞の選考の最終の最終まで残ったんですよ。だからアカデミー協会から依頼があって楽譜も出したんですよ、すべてのスコアを。実は色々言えないことがいっぱいあって、本当はノミネートされるはずが残念ながらノミネートされなかったんですが。『攻殻機動隊』の映像もストーリーも良いけど、川井さんの音楽が良いですよね。押井さんって音楽はどういうふうに関わられているんですか」
石川「意外にこれは知られていないですけど、押井さんって音楽の使い方が物凄い上手いですよね。違和感ないっていうのは、川井さんとの相性もあるでしょうけど、ポイントポイントできちっと押井守の味付けが入っているんですね。だから映像と違和感がないようにすり込むのが押井さん本当に上手いと思うし。その辺りが、何度もいいますけど、この押井守がもう一つの世界を作りたかったという『イノセンスの情景』を買って聞けば答えが出ます(笑)」
浜野「本当に川井さんの音楽ってちょっとすり込まれるくらい素晴らしいわけですが、伊藤さんの『Follow Me』は、押井さんが決めたんですか?」
石川「これはやっぱり鈴木さんがですね、この曲をずっと暖めていたというか、大切に取っていたんですね。そういう経緯があって、この曲が補完するという面では、逆にこの曲凄く良かったと思っているのは、やっぱり川井さんと押井さんという、これは物凄い深いんですけど、深井のと甘さというのでは、ちょっと甘さが足りなかった気がしたんですね。その甘さというところを凄く補完していますので、この曲が入ることでまた川井さんの良さが出ている、そんな補完された、凄くいい使い方だと思います」

浜野「本当に歴史的な作品をプロデュースされたと言うことでうらやましいんだけど、石川さんから最後に宣伝をして頂いて終わりたいと思います」
石川「そうですね、『孤独に歩め、林の中の像のように』という言葉があるんですけど、これは孔子の言葉でですね、その前に、『聡明誠実なものと共に歩め』というものがあるんですね。歩めなかった場合は孤独に歩めと。ですから伴侶が聡明誠実なものとともに暮らすのが最高な人生だよというのを唱っている言葉が、その後に『イノセンス』、だからバトーが素子と一緒に歩めなかった、だから孤独に歩めというところに繋がってくるんですね。これが今回の映画の凄いテーマであり押井守の愛ということを真っ正面から捉えた映画ですね。
もう一つは、この映画の見方というのは色々あると思うんですけど、もしも素子が最後のシーンで、最後の命の炎が消えるまで寄り添うというその言葉の裏には、「もう自分は死んでしまったんじゃないか」という、そこまでバトーに思いを寄せているというふうに感じ取ることもあるけど、逆に、その幻想はバトーの幻想じゃなかったかなと。そこまで一人の女性を思い詰める無垢というか男の気持ちというのは、今の時代に失った一番大事なものじゃないかなと僕は感じたんですね。
ですから是非ここにいる男性は、素敵な女性を映画館に連れていって、『これが俺の気持ちだ』と(笑)そういえば、僕もそうですけど顔が寅さんに似ていても(笑)、女性はいい男だなと思ってくれると信じてますので、是非女性を映画館に連れて行って下さい、お願いします」
浜野「何年か前に、『攻殻機動隊2』という黒い表紙のシナリオが、石川さんか押井さんかどちらから送られてきたか判んないけど送られてきて『ああやるんだ』と思って、ついにこの日公開して、私の友人である押井守、石川光久が、これは同時代人としてこんな素晴らしい映画を作ったということは光栄に思っています。皆さんも公開のその日に、石川さんと時間を共有出来たというのは大変良かったと思います。是非これから、満席だと思いますけど『イノセンス』の劇場に駆けつけて下さい。どうも今日は有り難うございました」

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