さて、
次第にハードディスクドライブという物が個人用PCにも普及してくる。だが当然HDDは外付けで取り付けなければならなかった。USBとかIEEE1394とかは、マシンに端子どころかそもそも規格自体が存在していない。だからHDDを使いたければ、まずSCSIインターフェースカードを購入してマシンに取り付け(SASIという規格もあったが余り普及しなかった)、それから外付けHDDを取り付けなければならない。他にも接続するだけでは駄目で、色々ドライバの設定とか何とかがあった。こんな感じでかなり煩雑だったのだが、それでも確実にHDDは広まっていった。
これはエロゲーの肥大化を招くことにもなる。同級生はFD8枚組でHDDにインストールが可能となっていたが、FDのみでもゲームが出来た。しかしさすがにFD8枚のゲームをHDDにインストールしないでプレイするとなると、ゲーム途中でがしゃこんがしゃこんFDを入れ替えなければならないため非常に煩雑である。
……というような感じである。特に「同級生」という、マップ上を自由に動けるゲームの場合「間違ってどっかに入ってしまった」だけでFDDの入れ替えを必要とされてしまうことがあるのだ(こういうゲームがHDDの普及に一役買ったかどうかは判らないが)。「同級生2」では「HDD専用版」と「FD専用版」の2種類が発売されたが(HDDインストール時にはFDを使う)FD13枚組にも達してしまった。インストールにCD-ROMが使えなかったのは、PC-9801でCD-ROMドライブの普及が遅れていたが故である。
PC-9801の後継機種であるPC-9821は、16,777,216色中256色使用可能、更にCD-ROM標準搭載とマシンの性能は大きく上がった。だが、エロゲーで本格的に多色表示とCD-ROMが普及するには、Windows用ゲームの普及を待たなければならなかった。
さて、やや時代を遡る。チュンソフトからSFC用に「弟切草」というゲームが発売された(家庭用ゲームなので もちろん一般向けである)。一見単なるアドベンチャーゲームだが、特徴としては多数のエンディングが存在すること。そしてゲームをプレイするたびに、プレイヤーが選べる選択肢が増えることである。二回目のゲームでは、一回目のゲームの時には出てこなかった選択肢が登場し、そちらを選ぶと話は全く違った(時には今までの話と設定が違ったり、矛盾さえした)展開になる。そして様々な物語が同じ舞台で展開される様は、無数のパラレルワールドを垣間見るようなものだ。
このゲーム、情報は文字を主体で伝えられ、画面はほとんど背景画像のみで非常にシンプル、そしてあとはBGMが流れるだけ。それまでのアドベンチャーゲームよりも「読ませる」事を意識し、小説風に描写を書き込んでいく。チュンソフトはこのジャンルのゲームを「サウンドノベル」と称した。だがチュンソフトはこの名前やこのゲーム形式を他のゲーム会社が使用することを禁止しなかった。
そしてこのシステムをエロゲに導入したのがLeafの「
夜の学校で、夜な夜な乱交騒ぎが行なわれているらしいということを、親戚の教師から聞いた主人公の長瀬祐介は、その学校に忍び込んで狂気と“電波”の世界を目撃するというのが「雫」 のストーリーである。電波とは、他人の意思や感情、動作などを支配してしまう力みたいなものだ。
「今、君の両手が背中にくっついたまま離れないのはどうしてだと思う?」
凍りつくような冷たい声。
月島さんは、優しく瑞穂ちゃんの頬を撫でた。
「僕のことが許せないというのならば、その手で僕の頬を殴ればいい。何度でも気のすむまで殴るといい。…大丈夫。僕は避けないから」
瑞穂ちゃんの瞳の中で、さらに色濃く憎悪の炎が燃え上がった。彼女は歯を食いしばり、両手を動かそうと必死に努力する。
「さあ、殴っていいんだよ? 遠慮せずに…ほら」
彼女は、うっすらと額に汗を浮かべながら、両肩を上下させ続けた。
だが彼女の両手は、動く気配すら見せなかった。
「ハハハハハ! 動かせるものなら、動かしてみろ!動かして、僕の頬を殴ってみろ! ハハハハハハ…」
月島さんの笑い声が部屋中に響きわたった。
「いいかい? 僕が電波を使って、他人を自由に操作できるのは紛れもない事実なんだ。今の君はリモコン玩具と同じさ。僕はそのコントローラーを握っているんだ。僕が許可しないと、君は両手を動かすことさえできないのさ」「
雫 」より
背景以外は“絵”が存在しないサウンドノベルに比べて、登場人物の立ち絵やイベントグラフィックがあることから「ビジュアルノベル」と称されたのだろう。このゲームの評判が良かった。そしてビジュアルノベル第二弾として発売された「
俺は指先を唇に寄せ、爪を濡らす赤い液体をぬるりと舌で拭った。
液体はいまだ生温かさを保っており、散華した生命の残り香を感じさせた。
液体は口の中の唾液と混ざり、どろりとぬめる。
俺はそれを、ゆっくりと、音を立てて飲み込んだ。
液体は、素直に胃へと流れず、絡みつくように喉の奥に残留した。
これこそ『血』の味だと、俺は思った。
躰が熱い。
全身が、燃えるように熱い。
俺は興奮していた。
柔らかな肉が破れ、たっぷり詰まった綺麗な臓器がはみ出し、熱い液体が…真っ赤な鮮血が指を濡らす。
恍惚となる瞬間。
脈動していた生命を奪うという快感。
それも、全ての快楽を凌駕する至高の快楽だ。「
痕 」より
この二つのゲームでは、主人公は普通の高校生あるいは大学生で、それまでのエロゲの主人公のような、極悪版諸星あたるのごとき色魔や絶倫男ではない。その等身大で身近な主人公が、小さな切っ掛けで狂気の世界を垣間見るという展開。猟奇的世界を身近に感じさせるシナリオが好評だった のだ。そしてプレイするたびに新しい選択肢が生まれ、それを見る楽しみ。全ての(真面目な)シナリオが終わったあとの、(おちゃらけた)番外編シナリオの楽しみなど。
そして、ビジュアルノベル第三弾として発売されたソフト。それがかの「To
Heart」である(LeafのゲームがWindows専用、256色になったのもここからだ)。
主人公はやはり普通の高校生だが、それまでのLeafのビジュアルノベルシリーズとは一線を画し、異常
事態も発生せず猟奇殺人も起こらない。ごく普通に学校生活を送る一介の高校生だ。そしてそこで幼なじみの少女やクラスメイトの女の子と展開される“素朴な恋愛”がテーマである
。主人公は学校内を移動して女の子達に出会い、次第に彼女らと親しくなっていく。
素朴な物語である一方、登場人物には魔法使いがいたり超能力少女がいたり、ファンタジーの要素も入っている。ロボットの少女“HMX-12 マルチ”との別れと感動的な再会を描いたシナリオ
などは、多くの人々に感動の涙を与えた。CD-ROMを使ったCD-DAでの音楽と主題歌も非常に好評で(主題歌は後に通信カラオケに収録される)、それまで「暗い、ディープなゲームを作るメーカー」という印象があったLeafというメーカーが、このゲームによって一気にメジャーになったのである。
オレはあかりの額から手を離し、乱れた前髪を戻すように、手で撫でた。
「なあ、腹、減ってねーか?」
「…うん、今はまだ減ってない」
「薬、ちゃんと飲んだか?」
「…うん、さっき飲んだ」
「じゃあ、他になんかして欲しいことは?」
「…ずっと、そうしてて」
髪を撫でていたオレの手が止まる。
「……」
「……」
「…ばーか」
オレは、そっぽを向いて言った。
「いる間だけだかんなー」
「…うん」
「…ったく、しょうがねーなあ」
そんなオレの言葉にあかりはまた、くすっと笑う。
しまった。
また口走っちまった。
ついさっき、口癖だって、指摘されたばっかなのに。
オレが、ちっと舌打ちすると、それを見たあかりは目を細めて微笑んだ。
「…私、その口癖言うときの浩之ちゃんの目、好き」
「…な、なんだよ、突然」
「すごく、優しい目するから…」
「お、おいおい、熱でもあるんじゃねのーか?」
「…うん、少し」
「あ、そうか…」
もう一度、あかりはくすっと笑った。(To Heartより)
“素朴な恋愛”なら18禁でなくてもいいのではと思うだろう。だがそれは違う。
何故人はゲームセンターで脱衣麻雀ゲームをするのか? 苦労して勝ったときにはご褒美が欲しいからだ。かといって金が貰える賭け麻雀は出来ないので、代わりにエッチな画像を見ることを選ぶ。ご褒美はないよりあった方が良いに決まっている。だから脱衣のない麻雀ゲームではなく、脱衣麻雀ゲームをする。それと同じく、非18禁のギャルゲーより18禁のエロゲーが求められたのだろう。
それ以降のゲームに、リーフ・ビジュアルノベルシリーズがもたらした効果は絶大だった。
これまで、「エロゲーを、どうにかちゃんとゲームとして楽しめるようにしよう」と試行錯誤してきた人々がいたわけだが、その人々にとってこのビジュアルノベルとは、究極の解答の一つだった。このシステムは、(比較的)簡単にゲーム(エロゲー)を作り出すことが出来る。取り合えず静止画を描いて、シナリオがあって、後は音楽があればゲームになるのだ。高度なプログラムとかゲームバランスの練り混みとかは必要ない。そのため、多くのゲームがこのシステムを模倣することになった。